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タバコのパッケージには、健康被害の警告表示が印刷されていますよね。


8種類ある警告文のうち、別表第一・第二から各1種類ずつ、計2種類を、たばこ製品の包装の主要な2面へそれぞれ30%以上の面積を使って表示することが義務づけられている。
(出典:ウィキペディア)

今のところ(2018.04現在)、日本のパッケージは、“たばこ規制枠組み条約”の基準を守るだけの穏やかなものですが、海外では「Smoking Kills(喫煙は死を招く)」など言葉も直接的だったり、喫煙による健康被害等の生々しい写真が印刷されているパッケージも目にします。WHOが推奨していることもあり、イギリス、カナダ、オーストラリアをはじめ世界77カ国写真警告を導入(http://www.sankei.com/life/news/161026/lif1610260021-n1.html参照)しており、そのうち54カ国パッケージ面積の50%以上を占めているそうです。

これらの国が採用している規制は「プレーン・パッケージ」と呼ばれ、メーカーからパッケージデザインの自由を奪うことにより、タバコ本体が喫煙促進の広告ツールとなることを防ごうという意図もあります。
箱のほとんどが警告表示に使われるのですから、ブランディング等のツールとして商品パッケージを使うのには、相当の工夫とアイディアが必要になりますよね。

日本でもプレーンパッケージ導入への動きは見られ、国立がん研究センターは調査結果では喫煙者からの抵抗も限定的であることが窺えます。

 

では、そのような警告表示の効果は、どの程度あるのでしょうか?

様々な機関が調査をしており、数値にバラつきはありますが「文字でも写真でも効果はあるが、写真警告の方が効果は高い」としている結果の方が目につきます。
※参考↓
http://www.seikatsusyukanbyo.com/calendar/2009/000357.php
http://www.sankei.com/life/news/161026/lif1610260021-n1.html など

ただし、パッケージを含め、喫煙予防の広告の効果を疑問視する調査結果を目にすることもあり、少なくとも効果の薄い対象者がいる可能性はあるようです。
※参考↓
https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-12856720091209
http://healthpress.jp/2018/01/post-3470.html など

 

現在の喫煙対策の広告と言えば、パッケージやその他の広告への警告表示を含め、そのリスクを伝える“脅し”と“教育”に主眼が置かれていることが多いでしょう。
あとは、TVなど子供を含めた不特定多数で喫煙シーンを見せない“目隠し”の工夫や喫煙シーンに「smoking kills」などの警告表示を付しているのも目にします。

そのような“脅し”“教育”“目隠し”が中心の喫煙対策に一石を投じる公共広告が、米国のフロリダ州の喫煙予防キャンペーン「Tobacco Free Florida」で始まりました。

まず、キャンペーンHPを見てもらうと、その手法の違いが一目でわかります。
http://tobaccofreeflorida.com/
喫煙者を脅す内容1つも見当たりません。それどころか、健康被害についてさえも目立った言及はありません

その代わり、トップの「タバコをやめる理由はたくさんあります。あなたの理由を見つけましょう。」をクリックすると、電話WEB専門家によるグループセッションゲーム2週間分のニコチンパッチの無料提供など、様々な「やめ方」を紹介した上で、すぐに申し込みもできるようになっています。

唯一、タバコのデメリットについて大きく取り上げているのはコチラ。↓

喫煙に関する簡単な数値記入で「タバコに使っているお金でこんな良いの買い物ができるよ」と教えてくれる、コスト計算のコーナーです。

 

また、現地ではドキュメンタリー型の一連広告も打たれているそうです。
英語ではありますが、いずれも2分ちょっとの短いものです。ぜひご覧になってください。



クリスティ、エリック、ジェレミー、ロバート。出てくる人は皆、たばこが良くないとわかっています。それはおそらく「禁煙しなきゃ…」と思ったことのある多くの人も同じでしょう。

身体に悪い
お金の無駄
家族からも軽蔑される
喫煙者の親も若くして体を壊した
子供にも悪影響

そんなこと、皆わかっているのです。

例えば、クリスティは動画の中でこのように言っています

タバコは私からエナジーを奪うわ。ダルくもなるし。1パックのタバコは6ドルちょっとするの。それを1週間に換算すると…最悪よね。そのお金で、家にくるいろんな請求書を払えるわ。情けない。とても情けないわね。

クリスティは、柑橘類の検査員として毎日の長時間労働に耐えながら、子育てもしている女性。「友達も吸っていて、その方がクールだと言うから」というありふれた理由で若い頃に喫煙を始め、やめられなくなってしまったそうです。

 

Tobacco Free Floridaのドキュメンタリー動画から強く感じさせられるのは
彼らに必要なのは脅しではない
ということではありませんか?

その代わりに必要なのは、禁煙が「自分にできる」という確信と、「自分により良い人生を与えてくれる」という未来の具体的なイメージなのではないでしょうか。

 

Tobacco Free Floridaの「タバコをやめる理由はたくさんあります。あなたの理由は?」というキャンペーン・メッセージは
「置かれている状況目指す人生が違えば、タバコをやめるべき理由も異なりますよね。あなたは、あなた自身の理由=理想の人生イメージを見つけることから始めましょうよ。」
という意味に受け取れます。

また、CM動画を通じて、一人一人が自分の生活人生設計をイメージした上で“タバコをやめることの大きな・長期的メリット”を見つけることの大切さをが伝わってきます。

これは具体的な“理想の自己”をイメージさせ、その上で
「あなたの人生に禁煙が必要なら、Tobacco Free Floridaが手助けをします」
という、喫煙者の意思とそのインサイトに配慮し、あくまでも彼らの立場に立ったキャンペーンと言えるでしょう。

 

ちなみに、Tobacco Free Florida過去のキャンペーンを見ると、いずれも“脅し”と“教育”に主眼を置いたスタンダードな内容です。
ターゲットの耳目に止まるよう面白く・見やすくは作ってありますが、内容はタバコの健康被害中毒性啓蒙するもの。例えばこんな感じです。↓

そこで、どのような背景から広告戦略の大きな変革に舵をきったのかを調べてみたところ、担当広告代理店であるAlma社のバイスプレジデントのコメントに行き当たりました。

本キャンペーンは、ターゲットとなる視聴者と彼らの習慣を変えることができる戦術の両方に関する調査に基づいています。
(中略)
結果、禁煙は、脅しや、正しい決断に向けた講義よりも、大きく・長期的な夢に関係があることがわかりました。

同時に、脅し戦術によるアプローチは、ターゲットの心に響かない(ターゲットにコネクトしない)ことがあることもわかりました。よって、我々は、説教をするのではなくターゲットの内面に対する共感を示すよう戦略を移行させました。その結果、我々がメッセージを届けようとしている喫煙者への敬意が感じられる情緒的で想像的な広告でありつつ、同時にTobacco Free Floridaが彼らのパートナーとして存在することを伝える広告が完成しました。
(出典:http://www.adweek.com/creativity/these-incredibly-crafted-anti-smoking-ads-drop-the-fear-tactics-in-favor-of-empathy/)

 

どのような人生を送りたいか
動画に出てくる人達の口から語られます。

例えば、3人の子供の父親でもある29歳のロバートの“理想の自己”は;

酸素吸入器をつけて車椅子に乗るようになんてなりたくない。老後は、子供と孫に囲まれて生きていたいんだ。

という、家族に囲まれた幸せな情景にあるようです。

 

禁煙は、多くの喫煙者にとって、大きな負担の伴う意思的な行動です(簡単にやめられる方もいらっしゃいますが)。
逆に、禁煙していた人が喫煙を再開してしまうのは、「何となく」で行ってしまう低意思の行動であることもあります。

禁煙するのは大変で、脱落するのは簡単」という現実には、そのような構造的な背景があります。

よって、その重い腰をあげて禁煙に取り組み、喫煙生活に後戻りしないためには、なおさら一人一人が明確なトリセルフを把握し、更新していくことが大切になってくるでしょう。

 

理想の人生イメージと密接に結びついた「禁煙をする理由」が、行動の背景にあるか否か。

孫と一緒に遊び、笑って過ごす自分
社会の一線に立って活躍し続ける自分
恋人と尊敬しあえる生活を一緒に送る自分

多くの人が、“客観”である社会との関わりの中に、理想の自己を見出すのではないでしょうか。

 

喫煙対策において、“脅し”一定の効果があるようです。
特に、“教育”をした内容を深く心に刻み込む効果は強いでしょう。
目隠し”にどの程度効果があるか?は調査結果が見当たらず、推測しがたいのですが、「喫煙=かっこいい」と思わせないために行なっているという意図はわかります

いずれにせよ、期待できる主な効果「喫煙は良くない(デメリット)」を知らしめることです。

しかし、喫煙者に禁煙を促進するためにも、新規の喫煙者を減らすためにも、今後求められるのは「その先」のことのようにも思えます。

つまり、喫煙のデメリットを理解した後の、その先のこと。

デメリットを具体的な自分の未来像と結びつけ、「自分にも起こること」として認識すること、
それにより、やめることの大きなメリットを見つけること、
「自分はやめられる」という実現可能性を確信できること、
また、人によっては喫煙に代わるクールな生き方をイメージできること
が、実際の行動の後押しには必要なのではないでしょうか。

 

Tobacco Free Floridaのような喫煙者のインサイトを捉えたアプローチが、日本をはじめとした様々な地域で広がっていくことを期待しています。