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欧米のニューロマーケティング市場1,000億円規模に達しているそうです(https://markezine.jp/article/detail/27812 参照)。

ニューロマーケティングとは「脳科学の視点から人の心理や行動を分析する」という考えに基づくマーケティング手法を指し、“客観の自己”の抽出を重視するトリセルフ分析の視点からも重要な手法です。

ニューロマーケティングとは?

「調査の対象者に広告や商品パッケージを見せ、脳波を測ったり、アイトラッキング(視線の動きの測定)をして、その反応を科学的に調査する」というような調査に、皆さん馴染みがあるかもしれません。それもニューロマーケティングの一種ですが、他にも、唾液手の汗でストレスを測ったり、表情認識の分析にかけたり、MRIで脳の活動を測定したりなど、行動者の“客観の自己”を知るための多様な手法が存在し、今後も増える可能性があります。

 

ニューロマーケティングが広がっている理由

まだまだ脳についてはわからない部分も多く、手法として発展途上とも言えますが、それでも活用する企業などが増えている背景には、

アンケートやグループインタビューのように、調査対象者が意識したり、考えたりして選んだ言葉を通してでは知ることのできない真実が多く存在する

という事情があります。

言葉とは“主観の自己”が発する“自称”の言葉ですから、無意識あるいは意識的に“客観の自己”がぼかされてしまうことがあるということです。

 

ニューロマーケティングと一般調査手法の違い

各々の手法から取得が期待できる情報について図示すると、下記のようになります。↓

「どちらが良い/悪い」ではなく、得意な範囲が異なる2つのアプローチ法であることがわかっていただけるのではないでしょうか。また、ニューロマーケティングは、現在のところ“知覚”部分の情報取得を得意としているケースが多いと思いますが、その先の情報取得についても可能なケースが増えてくる可能性があります。

  • ニューロマーケティング:行動の根っこにある“知覚”を知ることで、その先のアウトプットの原因を把握したり、人が言葉にできない反応を科学的に理解することに役立つ。
  • 一般的な調査手法:行動者のアウトプットの1つとしての“発言”を知ることで、購買などの行動予測をより具体的に把握することができる。

ニューロマーケティングで一般調査の欠点をカバー

客観の自己”は、時として自分には見えないものです。ましてや、それを正確に言葉に表すことは難しいこともあります。
また、人間は社会性の生き物ですから、他人の目を意識した結果、発言が“客観の自己”から離れてしまうこともあります。

そんなことは多くのリサーチャーやマーケッターは百も承知ですから、調査設計は慎重に行われることが多いでしょう。さらに、インタビューの際には、行動者の心理に深く切り込む高い技術をもったモデレーターを指名するなど、様々な工夫をされていると思います。

それでも、“知覚”など“発言”から遠い段階の分析をしようとすれば、確実性が減ることは否めません。

例えば、上図内の例2で示したように、機器のユーザビリティの調査をしたとしましょう。
使用に際して小さなつまづきがあっても、被験者は少し「ん?」と感じる程度で、何も思わないケースがあります。しかし、そのような小さなつまずきが、競合に比べて「何かしっくりこない」と感じさせる原因になっているかもしれません。

事例:ペプシ対コーク

もう1つの例として、興味深い調査があります。↓
PEPSI VS COKE: A NEUROMARKETING STUDY
これは2004年に学者のサミュエル・マクルーアのグループが行ったペプシ対コーク(コカコーラ)の実験で、「強いブランド力が商品評価に際していかに脳へ影響を与えているか」が証明されたとして、話題になりました。

具体的な調査手法は「被験者にコーラを飲用してもらい、脳の血流量fMRI(Functional Magnetic Resonance Image)で分析する」というものでした。
コカコーラ好きの人が「コカコーラだ」とわかってコーラを飲むと脳が反応するのに対し、ブランド名が伏せられている場合にはそのような傾向が見られなかったそうで、「コカコーラを飲んでいる」と認知した時点で、既に被験者はポジティブな印象に傾いており、その飲んでいるコーラ自体の評価が上がる傾向が見られました。
一方、ペプシ好きの人に同じ実験をしても、ブランド名を知らされているか否かで、脳の反応に有意差は見られなかったそうです。

これにより、コーラは味だけでなく商品ラベル(≒ブランド名)で評価されていること、また、コカコーラのブランド力の高さが科学的に証明されたと言えるでしょう。
(ペプシ側から言うと「ペプシは純粋に味で選ばれている!」という主張になるのかもしれませんね。)

同様のファクトは、例えばグループインタビューやアンケート調査等でも引き出すことができるかもしれませんが、はっきり証明するのは難しい気がします。なぜなら、現実には「コークだ」とわかった時点で既に「好き」と“知覚”していても、“思考”や“判断”を経た“発言”の段階になると、「コークの方がスッキリした味わいで好きだ」など、“それなりに聞こえる理由”を言ってしまうこともあるからです。

もちろん、被験者には悪気も意図もありません。ただ単に、人は「自分の行動には理由がある」と考えがちな上に、自分自身の“客観の自己”を把握していない(=自己理解ができてない)ことに無頓着です。
なので、聞かれればもっともらしい理由を意識的あるいは無意識に答えてしまうのは仕方のないことでしょう。

 

ニューロマーケティングの現時点での限界

以上ように、行動者の発言に頼る調査手法では見えにくい部分を補える可能性があるのがニューロマーケティングの手法ですが、それを万能と捉えたり、一般的な調査手法の代替になると考えるのは、少なくとも現段階では尚早かもしれません。

というのも、先に挙げた図の通り、人の行動の多くは、“知覚”の後に“認識”“思考”“判断”という長いフェーズを経てからなされます。

さらにそれが言葉として“発言”されるのを耳にした場合、“調整”というフェーズを経てから購買や情報拡散等の行動がなされます。“調整”とは、つまり、自分で発した言葉を自分の耳で聞くことで「自分の考えだ」として自身に念押しをする効果や「やっぱり自分は正しい」と自身を説得してしまう効果、あるいは、他人の“発言”が耳に入ってから、「(欲しい気がした商品だけど)良くない商品だ」など、自分の判断を修正することを指します。

こうして、“知覚”の内容は複数の過程を経た後にのみ、その人が“自認する真実”になりますから、特に時間が経ったりすると、無意識の“知覚”や意識初期の“認識”の印象は薄れ(時に消滅し)、行動への影響力がなくなることもあります。

なので、“知覚”の情報を把握したからといって、そこからの距離が遠い“判断”や“調整”、あるいは、その後に来る実際の行動への予測が一般的な調査手法に比べて高い精度でできるか?というと、少なくとも手法が発展途上の現段階では、なかなか難しいケースもあると言えます。

したがって、行動者の行動により深く切り込む調査を行うためには、両方の手法の得意な点を理解の上、当座は課題に応じて適切に組み合わせることになるでしょう。

 

ニューロマーケティングの可能性

少し古い本になりますが、「習慣で買うの作り方(ニール・マーティン著)」で下記のようなことが言われています;

一般的に、たいていの企業は「消費者は自分の意思で選択をする」前提でマーケティングや、新商品開発を行っている。つまり、「他社にはない優れた機能を作れば、賢い消費者は、違いを判断して選んでくれるようになる」と言った考え方をしているが、実際のところは、消費者の行動の大半は自分でもなぜこれを買っているのかわからない、というのが本音。消費者は、ただ「自分の意思で買った」と思い込んでいるだけなのである。買った理由を聞けばもっともらしい理由を作り上げるが、本当のところは、ほとんどの判断は無意識下で行われているのである。
(出典:「習慣で買うの作り方(ニール・マーティン著)」)

「他社にはない優れた機能を作れば、賢い消費者は、違いを判断して選んでくれるようになる」などと考えている日本企業は、今はもう少ないように思います。また、「ほとんどの判断は無意識下で行われている」というのも、「ほとんど」とまで言えるかは商品のカテゴリーに寄る(例えば「コモディティ感の高い日用雑貨では当てはまっても、高額且つ機能性の耐久財に当てはまりにくい」など)かもしれません。

しかし、「消費者は、ただ『自分の意思で買った』と思い込んでいるだけなのである」というのは、不変の真理だと考えられます。この“主観の自己”が生み出す歪みは、私たちが行動者調査を行う際に、常に頭に入れておくべきことと言えます。

そして、その“主観の自己”のコントロールを受けていない、行動の源流にある知覚情報を把握することが期待できるニューロマーケティングは、ターゲットを深く理解し、そのインサイトに踏み込んだ施策を考えていくための大きなヒントを与えてくれる可能性を秘めています。

 


“知覚”を把握できるニューロマーケティングは、行動者を深く理解する上で、今後より重要性を増してくる手法であることは間違いないでしょう。
特に、“発言”という“主観の自己”のからの情報頼った一般的な調査手法で行き詰まった時には、救世主となり得る可能性もあります。

ぜひ、特徴やリスクを理解の上で、適切に取り入れていきたいですね。